運動前のストレッチ、本当に「動かないストレッチ」はダメなの? 専門家が本音で解説します
テレビや雑誌で「運動前に静的ストレッチ(動かずに筋肉を伸ばすストレッチ)をしてはいけない」という情報を見て、疑問に思われたことはありませんか? 当院でも、「実際はどうなんですか?」というご質問をよくいただきます。
私は普段、患者様には「アクティブストレッチ(動きながら行うストレッチ)が一番良いですよ」とお伝えしています。その理由は、以下の3点です。
- 動きの中で筋肉を活性化できる
- 複数の筋肉群の連携をスムーズにできる
- 身体全体をより動きやすくできる
しかし、実は私自身、自転車で全力走(FTP計測)を行う前には、必ず20秒ほど動かずに筋肉を伸ばす「静的ストレッチ」をしています。これを怠ると、すぐに疲労してしまい、本来のパワーが出せません。そして、きちんと静的ストレッチを行ってからでないと、自己ベストを更新したこともないのです。
「なぜ人には『動きながらストレッチしてください』と言っておきながら、自分は『悪い』と言われている静的ストレッチをするのか?」――そう思われるのは当然です。人間の身体は非常に複雑で、そのメカニズムを簡単に説明するのは難しいのですが、今回はその理由を分かりやすくご説明したいと思います。
運動前のストレッチ:筋肉と関節から考えてみよう
運動前のストレッチを考える上で重要なのは、筋肉単体ではなく、筋肉同士の連携と関節の機能を理解することです。
筋肉について
筋肉は、単独で働くことはほとんどありません。常に複数の筋肉が連携し、協調し合うことで、私たちはスムーズな動きをしています。
例えば、うつ伏せに寝た状態で左足を上方向に持ち上げる「左股関節の伸展動作」を考えてみましょう。この時、単に左のお尻の筋肉だけが働くわけではありません。実際には、左のハムストリングス(太もも裏の筋肉)から始まり、左のお尻の筋肉、さらには右の背骨の筋肉、そして左の背骨の筋肉へと、まるでリレーのように順番に収縮していきます。
もしこの筋肉の連携がうまくいっていない場合、どこかの筋肉の状態に問題があると考えられます。それは、筋肉が過度に緊張しすぎているのかもしれませんし、脳からの神経信号(入力)がうまく伝わっていないのかもしれません。
また、筋肉には「バランス」が非常に重要です。例えば、体の「裏側」と「表側」の筋肉のように、互いに拮抗し合う関係にあります。どちらか一方が過剰に緊張したり収縮したりすると、反対側の筋肉がうまく力を発揮できなくなってしまいます。さらに、単純な裏表の関係だけでなく、斜め方向の筋肉の連携や、複雑な「運動連鎖」と呼ばれる全身の動きのつながりも深く関係しています。
関節について
筋肉だけでなく、関節の動きもパフォーマンスに大きく影響します。
例えば、腰の骨からはお尻や太ももなど、足全体へと繋がる神経が出ています。もし背骨(特に腰椎)の動きが悪くなると、その背骨から出ている神経の機能が低下し、結果として関連する筋肉がうまく働かなくなってしまいます。
また、股関節や骨盤の関節など、大きな関節の可動性が低下している場合も同様です。関節の動きが制限されると、その関節に付着している筋肉が本来の力を発揮できなくなり、運動のパフォーマンスが低下したり、怪我のリスクが高まったりする原因となります。
このように、筋肉と関節は密接に連携し、私たちの身体の動きを支えているのです。
結論:なぜ一般の方にはアクティブストレッチを勧めるのか
私が行っている静的ストレッチは、単に筋肉を伸ばしているだけではありません。長年の経験と自身の身体の特性を深く理解した上で、「どの筋肉のどの部分が、どのような状態で、どの程度伸びるべきか」、そして「そのストレッチが、関節や神経の働きにどう影響するか」といった、非常に複雑な要素を考慮して行っています。
つまり、静的ストレッチ「だけ」を考えても、これだけ複雑な身体の構造と機能を考慮して行わなければ、その効果は極めて限定的です。そして、これは専門的な知識と自身の身体への深い洞察なしに、簡単にできることではありません。
だからこそ、一般の方々には、筋肉同士の連携を促し、関節の動きをスムーズにしながら、安全かつ効果的に全身をウォームアップできるアクティブストレッチをおすすめしているのです。 アクティブストレッチであれば、専門的な知識がなくても、身体全体を自然に、かつ効率的に運動に適した状態に整えることができます。
ご自身の身体に合わせた適切なストレッチを行うことで、より安全に、そして最大限のパフォーマンスを引き出すことが可能です。ご不明な点があれば、お気軽にご相談ください。