「腰痛の85%は原因不明」:2012年から現在までの変遷

「腰痛の85%は原因不明」——かつてはそう言われていましたが、最新の研究では、専門家による丁寧な検査で約8割の方に原因が特定できることが分かってきました。丁寧な検査

1. 序論:日本における腰痛の現状と初期の理解(2012年ガイドラインに基づく

厚生労働省の『腰痛診療ガイドライン2012』において、腰痛の原因が特定できるのはわずか15%であり、残りの85%は原因不明とされていました 。この統計は、当時の臨床現場における腰痛の診断と管理に大きな影響を与え、多くの腰痛患者が原因不明のまま症状に対処するという状況を生み出していました。日本整形外科学会と日本腰痛学会が監修したこの2012年のガイドラインでは、特に下肢症状を伴わない腰痛の場合、その85%において病理解剖学的な診断を正確に行うことが困難であり、非特異的腰痛と分類されていました 。この「85%原因不明」という認識は、患者自身が腰痛の原因を特定できないことに諦めを感じたり、医療従事者が積極的な診断を追求しないという傾向を生む可能性がありました。また、この数字は主に欧米の研究に基づいており、日本の医療制度や患者の特性を十分に反映しているのかという疑問も存在していました 。  

2. 2019年腰痛診療ガイドラインの発行:転換点

状況が変化し始めたのは、2019年5月13日に『腰痛診療ガイドライン2019』改訂第2版が発行されたことでした 。この改訂は、初版から7年ぶりに行われ、その間に蓄積された新たな科学的根拠を反映し、腰痛の診断と治療に関する推奨事項を更新することを目的としていました 。日本整形外科学会と日本腰痛学会が監修し , 日本を代表する専門家が診断・治療の指針とその推奨を示したこのガイドラインは、国民病ともいえる腰痛に対するより的確なアプローチを目指すものでした 。この改訂版の作成においては、科学的根拠に基づいた診療(Evidence-Based Medicine:EBM)の理念が重視され、『Minds 診療ガイドライン作成の手引き 2014』で推奨されるガイドライン策定方法にのっとって作成されました 。これは、最新の研究成果を臨床現場に迅速に導入し、患者に質の高い医療を提供するための重要なステップでした 。  

3. 「85%原因不明」への挑戦:山口県腰痛Studyの影響

2019年ガイドラインの改訂に大きな影響を与えたのが、2015年に実施された山口県腰痛Studyの結果です 。この研究は、山口県内の整形外科医院を初診で訪れた腰痛患者を対象に行われ、整形外科専門医が丁寧な問診と診察、そして必要に応じてブロック注射などの検査を行った結果、なんと78%の患者で腰痛の原因を特定することができたと報告しました 。これは、従来の「85%原因不明」という見解を大きく覆すものでした 。この研究結果は、2016年にPLOS ONE誌に「Diagnosis and Characters of Non-Specific Low Back Pain in Japan: The Yamaguchi Low Back Pain Study」というタイトルで発表され , 山口大学大学院医学系研究科の鈴木秀典氏らが報告しました 。この論文では、日本の整形外科医による専門的な診察によって、これまで原因不明とされてきた腰痛の多くが診断可能であることが示唆されました 。この研究以前は、腰痛の原因に関する研究は欧米の総合診療医の情報に基づくものが多く、整形外科専門医による詳細な検討は不足していたと考えられます 。山口県腰痛Studyは、日本の専門医がより詳細な診断を行うことで、腰痛の原因特定率が大幅に向上する可能性を示唆し、その後の診療ガイドライン改訂に大きな影響を与えました 。この研究では、椎間関節性腰痛や筋筋膜性腰痛、椎間板性腰痛など、これまで非特異的腰痛として扱われてきた病態が、より明確に診断されるようになったことが示されています 。  

4. 2019年ガイドラインにおける新たな理解:より高い原因特定率

山口県腰痛Studyの結果を踏まえ、『腰痛診療ガイドライン2019』では、腰痛の原因が特定できる割合が2012年版の15%から大幅に増加し、「75%以上で診断が可能」と明記されました 。これは、丁寧な問診と診察、適切な検査を行うことで、以前は原因不明とされていた腰痛の多くが診断できるようになったという新たな認識を示しています 。ガイドラインでは、残りの約22~25%が真に非特異的な腰痛であり、現在の医学では原因を特定することが困難であるとされています 。この変化は、臨床現場における腰痛患者へのアプローチに大きな影響を与え、より積極的な診断努力が求められるようになりました 。整形外科医をはじめとする医療従事者は、詳細な病歴聴取や理学的検査に加え、必要に応じて画像検査や神経ブロックなどを活用することで、より多くの腰痛患者に対して適切な診断を下せる可能性が高まったと言えます 。  

5. 時系列比較:理解の進化

ガイドライン/研究特異的(原因特定可能)非特異的(原因不明)主な情報源
腰痛診療ガイドライン20122012約15% 約85% 日本整形外科学会, 日本腰痛学会
山口県腰痛Study2015約78% 約22% 鈴木秀典ら, PLOS ONE
腰痛診療ガイドライン2019201975%以上 約22~25% 日本整形外科学会, 日本腰痛学会

6. 結論:腰痛診療におけるパラダイムシフト

『腰痛診療ガイドライン2019』は、山口県腰痛Studyの結果を強く反映し、これまで「原因不明」とされてきた腰痛の多くが、専門医による丁寧な診察と検査によって原因を特定できる可能性を示しました 。この変化は、長らく信じられてきた「85%原因不明」という認識を覆し、腰痛診療における大きなパラダイムシフトと言えるでしょう 。今後は、より多くの医療従事者がこの新たな知見に基づき、患者一人ひとりに合わせた適切な診断と治療を提供することで、丁寧な検査?で腰痛に苦しむ人々のQOL向上に貢献していくことが期待されます。  

引用文献

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