1. はじめに:依然として深刻な腰痛問題
腰痛は、日本において依然として多くの人々が抱える健康上の問題です。以前の厚生労働省の資料によると、日本全国で約2800万人、つまり国内の4人に1人が腰痛に苦しんでいると報告されています 1。自覚症状としても、腰痛と肩こりが最も多いとされており、その広範囲にわたる影響が窺えます。
社会構造や生活様式の変化に伴い、国民の健康状態も常に変動しています。そのため、腰痛の現状を正確に把握し、適切な対策を講じるためには、最新の統計データに基づいた分析が不可欠です。本稿では、厚生労働省が実施した最新の調査結果を中心に、日本の腰痛の有病状況、年齢や性別による分布、そして労働人口への影響について詳しく解説します。信頼性の高い政府統計データを用いることで、現状をより深く理解し、今後の対策を検討する上で重要な情報を提供することを目的としています。
2. 腰痛の全体的な有病状況:令和4年国民生活基礎調査からの知見
最新の腰痛の有病状況を把握する上で、最も重要な資料となるのが、厚生労働省が実施した令和4年国民生活基礎調査です 2。この調査は、保健、医療、福祉、年金、所得など、国民生活の基礎的な事項を幅広く調査するものであり、その結果は政府の政策立案や運営に不可欠な基礎資料となっています。大規模な調査であるため、そのデータは非常に信頼性が高いと言えます。
令和4年国民生活基礎調査の結果によれば、病気やけがなどで自覚症状のある者(有訴者)の割合は、人口千人当たり276.5人となっています 8。注目すべきは、性別に見ると、男性が246.7人であるのに対し、女性は304.2人と女性の方が高い割合を示している点です。さらに、症状別に見ると、男女ともに腰痛が最も高い有訴者率となっています 8。この結果は、腰痛が依然として日本人の健康における主要な問題であることを示唆しています。
前回の調査である令和元年(2019年)の国民生活基礎調査と比較すると、有訴者率は全体で302.5人であったため、若干の低下が見られます 8。しかしながら、依然として高い水準にあることに変わりはなく、継続的な注意が必要です。腰痛が最も多く報告されているという現状を踏まえると、その影響の大きさを改めて認識する必要があります。
3. 年齢別の腰痛有病状況:加齢に伴うリスクの増大
令和4年国民生活基礎調査の結果を年齢別に見ると、腰痛の有病率には顕著な特徴が見られます 2。年齢階級が上がるにつれて腰痛を訴える人の割合が増加する傾向が明らかであり、特に30代以降からその増加が顕著になります 2。70代以上になると、その割合は約7割に達しており、高齢になるほど腰痛に悩まされる可能性が高まることが示唆されています。
この傾向は、長年の生活習慣や身体の機能低下、あるいは加齢に伴う脊椎や関節の変化などが複合的に影響していると考えられます。若い世代では比較的低い有病率であるものの、30代以降で急激に増加することは、仕事や家事など、日常生活における身体への負担が影響している可能性も示唆しています。
以下に、令和4年国民生活基礎調査に基づいた年齢別の腰痛有病者率(人口千対)を示します 6。
年齢階級 | 総数 | 男 | 女 |
総数 | 102.1 | 91.6 | 111.9 |
9歳以下 | 3.4 | 3.4 | 3.4 |
10〜19歳 | 11.3 | 10.7 | 11.9 |
20〜29歳 | 23.5 | 17.9 | 29.3 |
30〜39歳 | 36.8 | 31.2 | 42.1 |
40〜49歳 | 56.9 | 45.6 | 67.7 |
50〜59歳 | 98.4 | 70.8 | 122.7 |
60〜69歳 | 174.7 | 146.7 | 199.0 |
70〜79歳 | 164.8 | 138.0 | 186.1 |
80歳以上 | 182.8 | 143.9 | 216.2 |
(再掲)65歳以上 | 174.7 | 146.7 | 199.0 |
(再掲)75歳以上 | 173.8 | 140.7 | 202.3 |
(データ出典:厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査」第9表)
この表から、年齢が上がるにつれて腰痛の有病率が顕著に高まる様子が明確にわかります。特に、60代以降では男女ともに高い割合を示しており、高齢社会における腰痛対策の重要性を示唆しています。
4. 性別による腰痛有病率の違い:女性における高い割合
前述の通り、令和4年国民生活基礎調査では、全体的に女性の方が男性よりも腰痛の有病率が高いことが示されています 8。その差は、年齢層別に見ても一部を除いて同様の傾向が見られます 6。女性の有病率が高い背景には、ホルモンバランスの変化、筋力の違い、家事や育児における身体的な負担など、様々な要因が考えられます。
ただし、興味深い点として、日本整形外科学会などが実施した2023年の全国調査結果によると、過去1ヶ月間の腰痛の有病割合は男性15.3%、女性14.7%と、女性の方がやや低いという結果も報告されています 10。これは、調査の時期や対象、質問方法などの違いによって結果が異なる可能性を示唆しています。国民生活基礎調査は自覚症状を広く捉えているのに対し、後者の調査は過去1ヶ月間の腰痛に焦点を当てているため、このような差異が生じたのかもしれません。
さらに、同じ調査では、治療を必要とするほどの腰痛を経験したことがある人の割合は、男性43.9%、女性43.6%とほぼ同程度であるものの、ピークとなる年齢層には違いが見られます。男性では50~59歳から60~69歳にかけてピークを迎えるのに対し、女性では50~59歳でピークを迎える傾向があります 10。このように、単に腰痛を感じるだけでなく、医療的な介入が必要となるほどの腰痛の経験については、男女間で異なる側面があることも考慮に入れる必要があります。
5. 腰痛有病率の経年推移:継続的な注視の必要性
提供された資料からは、長期的な腰痛有病率の推移を詳細に分析することは困難です。しかし、令和元年(2019年)と令和4年(2022年)の国民生活基礎調査の結果を比較すると、全体的な有訴者率は若干低下しているものの、依然として高い水準にあることがわかります 8。
社会の高齢化が進む中で、今後も腰痛の有病率がどのように変化していくのか、継続的に注視していく必要があります。生活習慣の変化、労働環境の改善、医療技術の進歩など、様々な要因が腰痛の有病率に影響を与える可能性があります。定期的な調査と分析を通じて、より効果的な予防策や治療法の開発に繋げていくことが重要です。
6. 労働人口における腰痛の影響:生産性低下と経済的損失
腰痛は、個人の健康問題であると同時に、労働人口の生産性にも大きな影響を与える可能性があります。令和元年度の調査では、何らかの健康上の不調により労働生産性が低下する「プレゼンティーズム」の主たる要因の2位が腰痛であり、これによる国全体の労働損失額(年間)は約3.0兆円と試算されています 11。この金額は、腰痛がもたらす経済的な損失の大きさを如実に示しています。
また、休業4日以上の業務上疾病において、腰痛が全体の6割を占めており、毎年約5,000件にのぼるとの報告もあります 12。特に、保健衛生業や陸上貨物運送事業においては腰痛の発生率が全業種平均を大幅に上回っており、これらの業種における腰痛予防対策の推進が重要な課題となっています 13。
労働者の健康問題による経済損失は、単に休業による生産性の低下だけでなく、プレゼンティーズムによる潜在的な損失も大きいと考えられます。腰痛を抱えながら働くことは、集中力の低下や作業効率の悪化に繋がり、結果的に企業全体の生産性を損なう可能性があります。そのため、労働者の腰痛予防と早期対応は、健康経営の観点からも重要な取り組みと言えるでしょう。
7. 結論:最新データが示す腰痛対策の重要性
本稿では、厚生労働省の最新資料である令和4年国民生活基礎調査を中心に、日本の腰痛の有病状況について分析しました。その結果、腰痛は依然として多くの日本人が抱える主要な健康問題であり、特に高齢者や女性に高い有病率が見られることが明らかになりました。また、労働人口においては、腰痛が生産性低下や経済的損失に繋がる深刻な問題であることも再確認されました。
これらのデータは、腰痛予防の重要性を改めて示唆しています。加齢に伴うリスクの高まりを踏まえ、若年層からの生活習慣の改善や、職場における人間工学に基づいた環境整備、そして特定の業種における集中的な対策などが求められます。
今後も、継続的な統計データの収集と分析を通じて、腰痛の実態をより詳細に把握し、効果的な対策を講じていくことが、国民の健康寿命の延伸と社会全体の活力維持に繋がるでしょう。
引用文献
1. 厚生労働省の資料から腰痛について知りましょう | WHO基準カイロ …, 3月 15, 2025にアクセス、 https://chiro-matsuyama.ehime.jp/government/
2. 65歳以上は69.6%が通院中…国民生活基礎調査から見た通院率(最新) – ガベージニュース, 3月 15, 2025にアクセス、 https://garbagenews.net/archives/1828679.html
3. 男女ともに自覚症状で一番多いのは腰痛でした – ふくろうクリニック等々力, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.296296.jp/jiyugaoka/news/3681/
4. 日本人の自覚症状のトップは男女とも腰痛 高血圧、糖尿病、脂質異常症での通院が上昇!―令和4年国民生活基礎調査より, 3月 15, 2025にアクセス、 https://tokuteikenshin-hokensidou.jp/article/2023/012337.php
5. 国民生活基礎調査 令和4年国民生活基礎調査 健康 03 有訴者の状況(第87表~第98表) 98 有訴者率(人口千対),年齢(5歳階級)・症状(複数回答)・性別 年次 | ファイル | 統計データを探す – e-Stat 政府統計の総合窓口, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&cycle=7&toukei=00450061&tstat=000001206248&tclass1=000001206254&tclass2val=0&stat_infid=000040071870
6. www.mhlw.go.jp, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf
7. 国民生活基礎調査 令和4年国民生活基礎調査 健康03 有訴者の状況(第87表~第98表) 98 有訴者率(人口千対),年齢(5歳階級)・症状(複数回答)・性別 | 統計表・グラフ表示 | 政府統計の – e-Stat 政府統計の総合窓口, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0002041040
8. Ⅲ 世帯員の健康状況 – 厚生労働省, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/04.pdf
9. 日本人の自覚症状のトップは男女とも腰痛。高血圧、糖尿病、脂質異常症での通院が上昇! ~国民の健康、介護、貯蓄に関する「令和4年国民生活基礎調査」(厚労省) – 日本生活習慣病予防協会, 3月 15, 2025にアクセス、 https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2023/010724.php
10. www.jslsd.jp, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.jslsd.jp/contents/uploads/2024/08/lbp2023report_jpn.pdf
11. mhlw-grants.niph.go.jp, 3月 15, 2025にアクセス、 https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202115001B-buntan7.pdf
12. mhlw-grants.niph.go.jp, 3月 15, 2025にアクセス、 https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202115001A%20sonota1.pdf
13. 保健衛生業における腰痛の予防 – 厚生労働省, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31197.html
14. 腰痛予防対策 – 厚生労働省, 3月 15, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31158.html